書籍の理想論は現場では通用しない 栽培の自分化

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農業書、といえば栽培に関する本。
というくらい栽培技術に関連した書籍は山のようにあります。
ひとつの品目が一冊の本になっていることもあるし、家庭菜園向けにたくさんの品目の栽培について一冊にまとめたものもあります。
無農薬栽培について特化して書かれているものもあれば、高校の教科書のように栽培技術について体系的にまとめたものもあります。

内容は多岐にわたるためひとくくりして考えることはできませんが、ほぼ共通して言えることは
書籍に書かれている技術は100点をとるため
だということ。
間違っても「70点でいいや」といった考え方で書かれていることはありません。
そんな本、誰も買おうと思わないですから。

でも。
ここに落とし穴があります。
その100点は、誰にとっての100点なのか。
本に書かれている情報を信じて真似すれば、誰でも同じような結果になるのか。
自分の置かれている栽培環境でも当てはまる技術なのか。
ちゃんと考えたことがあるでしょうか。

栽培の教科書的な本は、誰にでも当てはまるように書かれています。
多くの人にとって失敗がないように、無難な技術を紹介しているとも言えます。
もちろん過去の経験をもとにしたノウハウの蓄積は参考にすべきですし、教科書的な基本を無視して独自の栽培をしても失敗するのがオチです。

でも、だからといってそれが全て正しいのかといえばそんなことはありません。
100の農家があれば、100通りの正解があります。
基礎的な部分は同じかもしれませんが、枝葉はひとつとして同じ形になりません。

そして、その正解を見つけるのは農家自身にしかできません。
書籍を100%真似したって正解には辿りつかず、真似からさらに数歩進んでいかなければその農家にとっての最適な技術にはなりません。

今回はこのあたりについて。
書籍の基本技術を超えたところにある自己流栽培について、どのように見つけたらいいのかを書いていきます。

 

自分の立ち位置を明確にする

まず最初に考えるべきなのは、

自分はどこに立っているのか

です。
どんな栽培をしているのかよりも先に、

誰のための商品をつくっているのか。
顧客は商品にどんな価値を感じているのか。
何が求められているのか。

といったことを考える必要があります。

農産物に対して、とにかく安さを求めている特売価格に飛びつくような消費者を相手にしていては小さな農家は生き残っていけません。
安さ以外の価値を探し出し、それを前面に出していかなければなりません。

 

納豆売り場
(画像参照:重言飛語「幻の納豆を求めて」

スーパーで売り場をうろうろ回ってみてください。
納豆コーナーには、100円を切るような特売品があるのと同時に、たれにこだわっていたり豆にこだわっていたり、紫蘇や大根おろしのような付加価値をプラスしていたり、安さがウリではない納豆がたくさん並んでますよね。
牛乳コーナーだって、もっとも安い特売品とは別に、特濃で味に特徴があったり産地アピールをしていたり、瓶詰で特売品の何倍もする価格で売っているものがあったり、さまざまな商品が並んでいます。

これは、商品の価値が価格だけではないことを示しています。
特売品を狙う消費者はたしかに多いです。
そこを狙えばたくさん売れることは間違いありませんが、小さな農家には供給量にかぎりがありますし、そもそも安さで勝負するような薄利多売路線では長続きしません。

狙うべきは一番手前にある特売スペースではなく、棚の高いところにある付加価値スペースです。

それは味なのかもしれないし、珍しさなのかもしれない。
栄養価なのかもしれないし、食感なのかもしれない。

付加価値はそれぞれの品目によって違いますし、どんな付加価値をつけるのかはご自身で考えていく必要があります。

 

そして。
この価値を評価してくれるのは誰なのか、つまり誰に買ってほしいものなのかを明確にしておくと、商品アピールが容易になります。

健康を気にする人に対して、栄養価やヘルシーさをアピールする。
美味しさを求める人に対して、味の特徴を前面に押し出す。
食卓のレパートリーを増やしたい人に対して、珍しさを見せながらいつもと違った料理ができることを想像させる。

前置きが長くなっていますが、誰のためにどんな商品を提供するのかを考えることが絶対に必要で、ここが決まらなければ栽培に手をつけていくことができません。
いくら書籍で理想的な栽培について学んでも、その栽培で顧客が求める商品をつくることができるのかは分からないからです。

これはつまり。
大衆向けに用意されている特売品をつくろうとするなら、大衆向けに書かれている教科書的な栽培をすればいい。
でも。
ニッチで付加価値をもった商品をつくろうとするなら、書籍の情報からさらにアレンジして栽培も工夫する必要がある。
ということです。

付加価値をもった商品をつくるには、付加価値をつけるための栽培がある。

ということを知ったうえで、

栽培は、求められる商品をつくるための手段でしかない。

ということも覚えておいてください。

 

顧客が見えていれば栽培方法が決まる

ジャガイモ

たとえば飲食店向けにジャガイモを売っていきたいとして。
フレンチやイタリアンの店で、ピンポン玉くらいの小粒ジャガイモの需要がかなりあると分かれば、そのサイズで収穫できるように栽培する必要があります。
ここで。
教科書どおりの栽培をしてしまえば、ふつうに大きなジャガイモになってしまいます。
芽かきをして芽を3本前後くらい残せば、一般的なサイズのジャガイモがごろごろ採れる。
というのが一般的な栽培方法だからです。
じゃあ小粒のジャガイモを収穫しようと思ったらどうすればいいでしょうか。
一株あたりの芽の数が多ければ、ひとつひとつの芋は小さくなります。
ということは、
芽かきをしない。
という栽培が考えられますよね。
そして、植え付け時に芽が多くなるように種芋をカットしないで丸ごと使用することも考えられるでしょう。
芽が多く出る品種を使ってみるのも一案です。

これらは一般的なジャガイモ栽培ではあまり行われません。
でも小粒ジャガイモが欲しい飲食店のニーズがわかっていれば、それに応えるために栽培方法を変えることができます。
書籍の情報こそが正しいと思っていたらこんな栽培はできません。

 

もうひとつ例を挙げてみます。
たとえば、ひとつの農家がたくさんの野菜を育てて契約した消費者に対して定期配送していく、といったいわゆる野菜セット農家の場合。

野菜セット

栽培する品目があまりにも多すぎて、ひとつひとつの栽培に手をかけられないという事情があります。
だから、10種類を詰め合わせる夏野菜セットのなかでトマトはその中の一品にすぎないのに、トマトばかりに手をかけて栽培するのは全体の作業時間を考えると避けたいところです。
手間のかかるトマト栽培だからこそ、なるべく手を抜きたい。
セットの中の1/10に過ぎないんだから、なるべく手をかけたくない。
こういう心理が働きます。

そうなると、トマト専業農家の栽培技術をそのまま採用していいのか疑問符がつきます。

 

そもそも農水省発表の統計でもトマト農家の時給は1000~1500円くらい。
そのトマト農家の真似をしていれば同じような時給にしかなりません。
高い時給で働きたいと思えば、彼らの上を行く必要があります。
だからこそ栽培を工夫する。
手を抜くところは抜く。
そういう姿勢が求められます。

ということで野菜セット農家だからこそのトマト栽培を考えます。
ここでは詳しい栽培方法には触れませんが、一般的な栽培がもしかしたら効率的には理にかなっている可能性もあります。
ソバージュ栽培という半放任のような栽培方法もありますし、完全に放任してしまう無整枝栽培だってあります。

そもそも野菜セット農家は顧客と定期契約をすることが多く、特定少数をお客様にしている商売です。
お客様が「トマトのヘタはなくてもいいよ」と言ってくれるなら、ヘタを気にして丁寧な収穫をする必要がなくなります。
これは収穫時間の大幅な削減ですよね。

どれが合っているかは農家によりますし、やってみないと見えてこないことも多いですが、教科書どおりに栽培するだけが正解ではないことは覚えておいてください。

 

農家に求められるのはコスト意識

もうひとつ。
絶対に忘れてはならないのが、農家は利益を追求する事業体だからコストを気にしなければならないという事実です。
書籍に書かれているとおりの栽培をしたら、やたらと手間がかかりすぎて労働コストが回収できない。
こんなのは当たり前にあります。
書籍で●●資材が効果的と書かれていたとしても、それが費用対効果を考えたときにわりに合わないことだってあります。
もしその資材によって栽培がすごくうまくいったとしても、費用対効果が低ければ意味がないんです。
高価な資材を使っても、それが利益につながらなければ意味がありません。

 

農家は常にコストを気にします。
労働時間やかけられる資材費には限りがあります。
たとえ書籍に書かれている栽培が素晴らしい技術であっても、それがコスト的に合わなければ採用できないんです。
時間や資源に限りがある農家は、制約のなかで栽培をしなければならない。
そのときにはもしかしたら、100点の栽培ではなく70点でいい可能性だってあります。

必要なのは考えること。
自分にとって最適な栽培とはなにか。
自分の顧客を想像し、顧客が何を求めていて何を妥協してくれるのかを考えて、栽培で手を抜けるなら抜くし、異端な栽培方法が合っているなら迷わず採用する。

書籍に書かれている情報は栽培で100点を取るためのマニュアルかもしれませんが、農業経営という視点から見たときには100点ではないことが多いです。
基本をしっかりと書籍から吸収しつつ、自己流にアレンジすることを忘れないでください。

 

書籍を無視しろと言っているわけではない

書籍の情報はすばらしいです。
書籍化されるくらいだから体系化された技術である可能性は高いですし、ある程度の再現性もあると思います。
でも、それを鵜呑みにするのはやめてほしいと思います。

農家は栽培だけでなく販売も考えていくべきだし、コスト意識のない栽培技術は最終的に農家自身を苦しめることになります。
あくまでもお手本にすべき基礎技術として書籍を活用し、そこからプラスして自己流を追求していってください。


 

 

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